48歳、普通の会社員。これからも挑戦を続ける理由|株・不動産・ブログ、これまでとこれから

自己紹介

48歳。

現在は会社員として働きながら株式投資を続け、47歳で初めて一棟アパートを購入しました。そして今、このブログで自分がこれまで歩いてきた道や、現在進行形の挑戦を発信しています。

こう書くと、昔から明確な目標を持って、計画的に人生を歩んできたように見えるかもしれません。

でも、実際はまったくそんなことはありません。

大学卒業後から普通の会社員として働き、転職も何度か経験しました。現在の会社で5社目です。

若い頃からやりたいことが明確だったわけでも、資産形成について真剣に考えていたわけでもありません。

その時々で悩み、迷い、環境を変えながら、気がつけば48歳になっていました。

今回は、そんな私がこれまでどんな働き方をしてきたのか。そして、なぜ株式投資や不動産に挑戦し、その経験をブログに残そうと思ったのかを書いてみたいと思います。

就職氷河期世代。でも大学時代は就職を真剣に考えていなかった

私はいわゆる就職氷河期世代です。

ただ、大学時代の私は就職について真剣に考えていたとは言えませんでした。

アルバイトをして、服を買って、飲みに行って、学生生活を楽しむ毎日。

「将来何をしたいのか」「どんな仕事に就きたいのか」

そんなことは深く考えずに過ごしていました。

そのツケは、就職活動の時に回ってきます。

自分が本当にやりたい仕事が分からない。

そこで会社を選ぶ基準になったのが、とても分かりやすいものでした。

給料が高いこと。

待遇が良いこと。

そして、なんとなく周りから見て目立ってかっこいい、勢いのある業界であること。

幸い、複数の会社から内定をもらうことができ、その中で私が選んだのが、当時ブームだった消費者金融業界でした。

今振り返ると、「この仕事がやりたいから」というより、内定をもらった中で最も待遇の良かった業界を選んだ、という方が正確です。

高収入と激務。1年目から稼ぎ、2年目で店長に

入社してみると、仕事はかなりハードでした。

一方で、成果に応じて報酬もしっかり返ってくる会社でした。

歩合もあり、1年目から同年代と比べても高い収入を得ることができました。

2年目には店長というポジションも経験しました。

若いうちから責任ある立場を任され、数字に向き合い、結果を求められる。

今考えても、この経験はその後の仕事や投資に大きく影響していると思います。

成果を出せば評価される。

結果を出せば収入にも反映される。

その感覚は、今でも自分の中に残っています。

ただ、仕事は激務でした。

収入は高い。

役職も上がる。

それでも、ずっとこの働き方を続けるイメージを持つことはできませんでした。

次第に疲れてしまい、最初の転職を決めました。

次に求めたのは「安定」

最初の会社を辞めた後、次に選んだのは安定した職場、団体職員でした。

前職とは働き方も待遇の仕組みも大きく違います。

激務だった会社から環境を変えたことで、最初は安心感もありました。

ところが、しばらくすると今度は別の違和感が出てきました。

前職では、頑張って成果を出せば、それが評価や報酬に反映されていました。

それに対して転職先では、完全に年功序列の賃金テーブル、待遇や働き方のギャップが大きく、次第に物足りなさを強く感じるようになりました。

もちろん、安定して働けることには大きな価値があります。

ただ、私はやはり「自分が頑張った分だけ評価されたい」「成果に見合った報酬が欲しい」という気持ちが強かったのだと思います。

そして27歳で、再び民間企業への転職を決めました。

27歳から約8年間、経営コンサルの仕事に没頭

27歳から約8年間は、民間企業で経営コンサルの仕事に従事しました。

仕事は営業色も強く、営業成績を上げながら、お客様に必要なサービスを提供していく仕事です。

数字として成果が見え、その成果に見合った報酬が得られる。

自分には合っていたのだと思います。

やりがいもありました。

そして、とにかく働きました。

毎日のように睡眠時間を削り、会社で朝まで仕事をしたこともあります。

今振り返ると、この頃はほぼ仕事だけの生活でした。

もちろん、つらいと思うこともありました。

それでも頑張れた理由の一つは、成果に見合った報酬があったからです。

月給に加えて歩合給もあり、3年目以降は賞与が100万円を下回ることはほとんどありませんでした。

入社2年目には、赴任してきた上司にも恵まれました。

公私ともに面倒をみてただき、私を引き上げてくれた、とても信頼できる上司でした。

仕事をきちんと見てもらい、人間関係の構築、営業数字の作り方を叩き込まれ、実践し、評価してもらえる環境の中で、待遇も年々良くなっていきました。

結果を出せば評価される。

評価されれば待遇も上がる。

自分にとっては非常に分かりやすく、やりがいを感じられる環境でした。

ただ、その代わりに生活の大部分を仕事に使っていました。

東日本大震災で初めて立ち止まった

そんな生活を続けていた中で、大きな転機になったのが東日本大震災でした。

それまでの私は、仕事で成果を出すこと、収入を増やすことにかなり大きな比重を置いていました。

毎日働いて、結果を出して、収入を増やす。

その繰り返しです。

でも、震災を経験したことで、一度立ち止まって人生について考えるようになりました。

このままずっと、仕事だけの生活でいいのだろうか。

収入やキャリアだけではなく、これからどんな働き方をして、どんな人生を送りたいのか。

それまであまり深く考えてこなかったことを、真剣に考えるようになりました。

そしてもう一つ、大きな出来事がありました。

私を引き上げてくれた信頼できる上司が、転勤でいなくなったことです。

仕事の内容や待遇だけではなく、「誰と働くか」ということも、自分にとっては大きかったのだと気づきました。

震災を経験して人生を見直すようになったこと。

そして、信頼できる上司がいなくなったこと。

この二つが重なり、転職を現実的に考えるようになりました。

そして35歳で、大手ではなく地場の小さな会社へ転職しました。

35歳で大幅な年収ダウン。それでも環境を変えた

転職によって、給料は大幅に下がりました。

どれくらい下がったかというと、48歳になった今でも、前職で34歳だった頃の給料にまだ追いついていません(笑)。

収入だけを見れば、そのまま前の会社に残る選択もあったと思います。

それでも当時の私は、仕事だけに人生の大半を使う働き方を一度見直したいと考え、環境を変えることを選びました。

そして現在も、その会社で働いています。

長く会社員をやってきたからこそ分かること

大学を卒業してから、ずっと会社員として働いてきました。

会社の規模も違えば、待遇も違う。

成果がそのまま報酬に反映される会社もあれば、そうではない会社もありました。

その中で感じてきたのは、会社員には会社員にしか分からない大変さがあるということです。

一生懸命やっても評価される時もあれば、評価されない時もある。

結果を出しても、必ずしも給料が大きく上がるわけではありません。

昇給しても、税金や社会保険料が増え、思ったほど手取りが増えないこともあります。

「もっと会社を良くしたい」
「ここを変えた方がいいのではないか」

そう思って勇気を出して声を上げても、全く届かないことがあります。

良かれと思って言ったことが、逆に自分の立場を悪くしてしまうことさえあります。

その一方で、仕事の成果以上に、上司との関係づくりが上手な人が評価される場面を見ることもあります。

いわゆる「ゴマすりが上手な人が出世する」と感じてしまうこともある。

そして、真面目で頼まれると断れない人ほど仕事を抱え込み、それがいつの間にか当たり前になってしまう。

いい人ほど利用され、報われない。

長く会社員をしていると、そんな場面を見ることもあります。

もちろん、すべての会社がそうだと言いたいわけではありません。

社員の声を聞いてくれる会社もありますし、努力している人をきちんと評価してくれる上司もいます。

私自身、そうした上司に恵まれた経験もあります。

ただ、自分一人の努力だけでは変えられないことが会社にはある。

これは、長く会社員として働く中で感じてきたことです。

順調そうに見えても、そうではない

そして、悩みは仕事だけではありません。

一見すると順調そうに見える人でも、その人にしか分からないものを抱えていることがあります。

仕事では普通に振る舞っていても、家に帰れば家族との関係で悩んでいるかもしれません。

妻との関係。子どもたちとの関係。

子どもが成長して思春期を迎えれば、親子の距離感も変わっていきます。

夫婦も年齢を重ねます。

体調や気持ちの変化、更年期など、それまでにはなかった問題に向き合うこともあります。

仕事がつらくても、家に帰ればすべて解決するわけではない。

家庭で悩んでいても、翌朝になれば会社へ行かなければならない。

外から見れば、仕事も家庭も順調そうに見えているかもしれません。

でも実際には、いろいろなことを抱えながら毎日を過ごしている人は多いと思います。

私もそうです。

会社のことで悩むこともあります。

妻との関係や、子どもたちとの関係で考えることもあります。

うまくいかないこともたくさんあります。

「どうすればいいのだろう」と思うこともあります。

48歳になったからといって、人生の悩みがなくなるわけではありません。

むしろ、仕事、夫婦、子どもの成長、親としての役割、これからの人生。

考えることは増えているように感じます。

だからこそ、誰かの人生を外から見て、

「順調そうだな」

「うまくいっていていいな」

と簡単には思わなくなりました。

きっと誰にでも、見えないところで抱えているものがあります。

その中で会社へ行き、家族と向き合い、自分なりに前へ進もうとしている。

それだけでも簡単なことではありません。むしろすごいことだと思います。

会社員だからこそ、自分で積み上げられるものが欲しかった

会社員という働き方を否定するつもりはありません。

私自身、今も会社員です。

会社員だからこそ得られる安定も、信用も、経験もあります。

ただ一方で、会社だけに自分の人生のすべてを委ねることには、少しずつ違和感を持つようになりました。

会社での評価は、自分だけでは決められません。

昇進も昇給も、最終的には会社が決めます。

でも、自分のお金をどう使うのか。

何を学ぶのか。

何に挑戦するのか。

そこは自分で決めることができます。

会社からもらう給料以外にも、自分自身で積み上げられるものがあってもいいのではないか。

そう考えるようになったことが、株式投資や資産形成につながっていきました。

株式投資も、最初からうまくいったわけではない

株式投資も、最初から順調だったわけではありません。

失敗した投資もあります。

含み損を抱えた銘柄もあります。

自分の判断が間違っていたのではないかと、不安になったことも何度もあります。

それでも投資を続けてきました。

配当を受け取り、その配当をまた投資する。

一気に人生を変えるのではなく、少しずつ積み上げていく。

時間を味方につける。

そうやって続けてきた株式投資は、今では自分の人生の大きな柱の一つになっています。

47歳で、初めて一棟アパートを購入

そして47歳。

株式投資に加えて、新しい挑戦を始めました。

一棟アパートの購入です。

不動産投資には以前から興味がありました。

ただ、実際に物件を購入するとなると、大きな借入をすることになります。

当然、怖さもありました。

融資が本当に出るのか。

空室が埋まるのか。

修繕費はいくらかかるのか。

買った後に後悔しないか。

考え始めれば、不安材料はいくらでも出てきます。

それでも、自分で調べ、銀行を回り、47歳で初めて一棟アパートを購入しました。

購入後も、すべてが順調だったわけではありません。

空室対策をしたり、想定外の支出があったり、資金繰りを考えたり。

会社員として働いているだけでは経験できなかったことを、今も一つずつ経験しています。

なぜ48歳の今、ブログを書くのか

このブログを書いている理由は、単に投資や不動産の記録を残したいからではありません。

長く会社員として働いてきた自分だからこそ、伝えられることがあるのではないかと思ったからです。

毎日会社へ行き、仕事をする。

数字に追われる。

頑張っているのに、思うように評価されないこともある。

給料も簡単には増えない。

会社を良くしたいと思って声を上げても、届かないことの方が多い。

家庭では家庭で、夫婦や子どもとの関係に悩むこともある。

それでも、家族がいれば簡単に会社を辞められるわけでもありません。

そんな会社員の気持ちは、今も会社員である私自身がよく分かります。

だからこそ、私がこれまで歩いてきた道をそのまま共有したいと思っています。

株式投資を始めたこと。

失敗しながらも続けてきたこと。

47歳で一棟アパートを購入したこと。

不安を感じながら、それでも一歩踏み出したこと。

それを読んだ誰かが、

「自分にも何かできるかもしれない」

「自分も少しだけ挑戦してみようかな」

と思ってくれたらうれしい。

そして実際に行動して、

「やってみて良かった」

と思ってくれる人が一人でもいたら、このブログを書いている意味はあると思っています。

大きなことを始める必要はありません。

今まで知らなかったことを調べてみる。

投資について勉強してみる。

将来について少し考えてみる。

小さな一歩でもいい。

このブログが、そのきっかけの一つになれたらうれしいです。

もう一つ、ブログを残したい理由

そして、ブログを書いている理由はもう一つあります。

こちらの方が、自分の中では大きいのかもしれません。

いつか自分がいなくなった後に、妻や子どもたちがこのブログを読んでくれたらいいなと思っています。

普段、家族に自分の考えをすべて話しているわけではありません。

仕事についてどう考えてきたのか。

なぜ株式投資を続けてきたのか。

なぜ47歳になって借金をしてまで不動産を買おうと思ったのか。

何に悩み、何を怖いと思い、それでもなぜ挑戦したのか。

日常の中では、あらためて話す機会はなかなかありません。

でも、文章として残しておけば、いつか読んでもらえるかもしれません。

「お父さん、こんなこと考えてたんだな」

そんなふうに思ってもらえれば、それで十分です。

資産だけではなく、自分が考えてきたことや経験も家族に残したい。

このブログには、そんな気持ちもあります。

48歳だから遅い、とは思っていない

47歳で不動産を始め、48歳の今も新しいことに挑戦しています。

もちろん、

「もっと若いうちからやっていれば」

と思うことはあります。

不動産も、ブログも、もっと早く始めていれば違う景色が見えていたかもしれません。

でも、過去には戻れません。

だったら、今日が一番若い。

今できることを一つずつ積み上げていくしかありません。

20代には20代の経験があります。

30代には30代の経験があります。

そして48歳の今には、会社員として働き、何度も転職し、仕事に没頭した時期も経験し、株式投資を続け、不動産を購入した経験があります。

家庭でも、夫として、父親として、いろいろなことを経験しています。

若い頃にはなかった知識も経験もあります。

だから私は、「48歳だから遅い」ではなく、「48歳だからできる挑戦もある」と考えています。

特別な人ではなく、普通の会社員だからこそ書けること

私は特別な人間ではありません。

大学時代は将来について深く考えず、就職して、仕事に疲れて転職し、安定を求めたら今度は物足りなくなり、再び民間企業へ転職しました。

仕事だけに没頭した時期もありました。

収入を大きく下げる転職も経験しました。

投資で失敗したこともあります。

親友から勧められ出資した大金が戻ってこなかったこともあります。

不動産を買う時には、怖くて何度も迷い、悩みました。

家庭でも悩むことがあります。

そして今も普通の会社員です。

だからこそ、このブログでは「普通の会社員が実際にやってみたらどうなるのか」を書いていきたいと思っています。

成功したことだけではなく、失敗したこと、迷ったこと、遠回りしたことも含めて残していきます。

ここにない未来は、自分で創る

これまでの人生を振り返ると、最初からすべて計画通りだったことはほとんどありません。

その時々で悩みながら選択してきました。

ただ、一つだけ共通していることがあります。

現状に違和感を持った時には、何か行動してきたことです。

激務に疲れて環境を変えた。

安定だけでは物足りなくなり、再び成果を求める世界へ移った。

仕事だけの生活を見直し、35歳で環境を変えた。

会社員の給料だけに頼らないために、株式投資を続けた。

47歳で不動産を購入した。

そして48歳の今、その経験をブログに残しています。

この先どうなるかは分かりません。

2棟目の不動産を買えるかもしれません。

投資でまた失敗するかもしれません。

仕事や家庭で、また悩むこともあると思います。

ブログも思うように成長しないかもしれません。

それも含めて、これからの実践記です。

「ここにない未来は、自分で創る。」

このブログを始めた時から掲げている言葉ですが、48歳になった今、以前よりもこの言葉を実感しています。

人生一度切り。まだ途中ですし、まだまだこれからです。

順調なことばかりでもありません。でもこれまでの積み重ねで40代になってからいろんな意味で力がつき、40代後半になってからまた一段、見える景色が変わった感じもしています。

だからこそ、これからもいろいろなことに挑戦し、その過程を残していきたいと思います。

いつか、このブログを読んでくれた誰かが一歩を踏み出すきっかけになったり、家族が私の歩いてきた道を知るきっかけになったりしたら。

それ以上にうれしいことはありません。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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