「助けて」と声を上げても、誰にも届かない。
あるいは、助けを求める言葉さえ発することができず、苦しみを抱えたまま生きている。
町田そのこさんの小説『52ヘルツのクジラたち』は、そんな誰にも届かない声を抱えた人たちと、その声を受け止めようとする人とのつながりを描いた物語です。
虐待や家族からの搾取、孤独など、物語の中で描かれるテーマは決して軽いものではありません。
読んでいて胸が苦しくなる場面もありました。
それでも、最後まで読んだあとに残ったのは、絶望だけではありませんでした。
誰かが自分の声を聞いてくれること。
自分を理解しようとしてくれる人がいること。
そして、人との出会いやつながりによって、止まっていた人生がもう一度動き始めること。
『52ヘルツのクジラたち』は、人とのつながりが持つ力と、自分がこれからどのように生きていきたいのかを考えさせてくれる作品でした。
※本記事では、物語の核心には触れないようにしていますが、作品のテーマや序盤のあらすじを紹介しています。
『52ヘルツのクジラたち』作品情報
- 書名:52ヘルツのクジラたち
- 著者:町田そのこ
- 出版社:中央公論新社
- 単行本刊行:2020年4月
- 受賞:2021年本屋大賞 第1位
『52ヘルツのクジラたち』は、2020年4月に中央公論新社から刊行され、2021年の第18回本屋大賞で第1位に選ばれた作品です。
『52ヘルツのクジラたち』のあらすじ
主人公の三島貴瑚は、家族によって長い間人生を搾取され、深い傷を抱えてきた女性です。
これまで暮らしていた場所を離れ、新しい土地で一人静かに生きようとしていた貴瑚は、母親から虐待を受けている少年と出会います。
少年は周囲から「ムシ」と呼ばれ、ほとんど言葉を発しません。
しかし、貴瑚はその少年の姿に、かつて誰にも苦しみを理解してもらえなかった自分自身を重ねます。
自分もまた深い傷を抱え、完全に立ち直ったわけではない貴瑚。
その貴瑚が、少年の言葉にならない声を聞こうとします。
二人の出会いをきっかけに、貴瑚の過去や、彼女を支えてくれた人たちとの関係が少しずつ明らかになっていきます。
タイトルに込められた「届かない声」
本作で語られる「52ヘルツのクジラ」とは、ほかのクジラには聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラです。
仲間を求めて鳴き続けているのに、その声は誰にも届かない。
本作では、その孤独なクジラの姿が、助けを求めているのに心の声を誰にも聞いてもらえない登場人物たちと重ねられています。
人は声を出しているからといって、その思いが必ず相手に伝わるわけではありません。
言葉にしても理解してもらえないことがあります。
苦しみを説明しようとしても、信じてもらえないこともあります。
その一方で、本当に苦しいときほど、助けを求める言葉が出てこないこともあるでしょう。
表面上は普通に生活していても、心の中では必死に助けを求めている。
明るく笑っているように見えても、実際には孤独を抱えている。
『52ヘルツのクジラたち』というタイトルには、そのような言葉にならない心の声が表現されているように感じました。
大切なのは、声の大きさではありません。
その人の声を聞こうとする人がいるかどうか。
この物語を読み終えたあと、タイトルに込められた意味が、より深く胸に残りました。
最も心に残った「人とのつながり」
この作品を読んで、私が最も心に残ったのは、人と人とのつながりです。
貴瑚の人生は、決して自分一人の力だけで変わったわけではありません。
苦しんでいた貴瑚の声を聞き、手を差し伸べてくれた人がいました。
その人との出会いがあったからこそ、貴瑚は自分の人生を取り戻すための一歩を踏み出すことができました。
そして今度は、貴瑚が少年の声を聞こうとします。
誰かから受け取った優しさが、別の誰かへの優しさにつながっていく。
誰かに救われた経験が、今度は自分が誰かを救おうとする行動へと変わっていく。
この物語には、そんな人とのつながりの連鎖が描かれています。
ただし、本作で描かれる救いは、決して単純なものではありません。
誰かに出会えば、過去の傷がすべて消えるわけではない。
優しい言葉をかけてもらえば、すぐに幸せになれるわけでもない。
一度負った心の傷は簡単には消えず、助ける側の人間も完璧ではありません。
それでも、自分の声を聞こうとしてくれる人がいる。
苦しみを完全に理解できなくても、そばにいようとしてくれる人がいる。
その存在によって、人は少しずつ前を向くことができるのだと思います。
傷つけるのが人である一方で、人を救うのもまた人です。
その現実的でありながら温かい人間関係の描き方が、この物語の大きな魅力だと感じました。
家族だから分かり合えるとは限らない
『52ヘルツのクジラたち』では、家族という存在についても深く考えさせられます。
一般的に家族は、安心できる場所であり、困ったときに助けてくれる存在だと考えられています。
しかし、すべての家庭がそうであるとは限りません。
最も身近な家族から傷つけられ、家族であることを理由に逃げることさえ許されない人もいます。
「家族なのだから支えなければならない」
「親なのだから大切にしなければならない」
「家族の問題は家族の中で解決するべきだ」
そうした一見正しく聞こえる言葉が、苦しんでいる人をさらに追い詰めることもあるのだと思います。
この作品を読むと、血のつながりだけが人を支えるものではないことに気づかされます。
自分の声を聞いてくれる人。
苦しいときに手を差し伸べてくれる人。
自分の弱さや過去を知ったうえで、そばにいようとしてくれる人。
血のつながりがなくても、そのような人との間に、新しい居場所や大切な関係を築くことはできます。
人は、生まれた環境を選ぶことはできません。
しかし、これから誰とつながり、どのような関係を築いていくのかは、少しずつ選び直していくことができる。
そのことも、この作品が伝えている希望の一つだと思います。
助けを求める声は、分かりやすいとは限らない
苦しんでいる人が、いつも「助けてください」と言葉にできるとは限りません。
何も話さなくなる人もいます。
周囲を拒絶する人もいます。
反対に、いつも以上に明るく振る舞い、自分の苦しみを隠してしまう人もいます。
「大丈夫です」
その一言の裏側に、本当は誰かに気づいてほしいという思いが隠されていることもあるのかもしれません。
いつもと少し様子が違う。
以前より口数が少なくなった。
笑ってはいるけれど、どこか無理をしているように見える。
そうした小さな変化の中に、言葉にできない「助けて」という声が隠れていることもあります。
もちろん、身近な人が抱えている問題を、すべて理解することはできません。
自分一人ですべての人を救うこともできません。
それでも、
「本当に大丈夫だろうか」
「何か伝えようとしているのではないか」
と立ち止まり、相手の声を聞こうとすることはできます。
誰にも聞こえないと思われていた声も、誰か一人が耳を傾ければ、届く可能性があります。
この作品は、助けを求めて声を上げることの大切さだけでなく、誰かの小さな声を聞こうとすることの大切さも教えてくれました。
便利になった一方で、薄れつつある人とのつながり
『52ヘルツのクジラたち』を読みながら、現代社会における人間関係についても考えさせられました。
インターネットやSNSの普及によって、私たちの生活はとても便利になりました。
遠く離れた場所にいる人とも、メールやメッセージを使えば、いつでも簡単に連絡を取ることができます。
その一方で、職場ではすぐ近くにいる人と、直接話すのではなく、メールやLINE WORKSを使って会話をすることも増えています。
仕事を効率的に進めるためには、とても便利な方法です。
しかし、文字だけのやり取りでは、相手の表情や声の調子、言葉の間にある感情までは分かりません。
「了解しました」
「問題ありません」
画面に表示された短い文章だけを見れば、相手は何も困っていないように感じます。
けれど、実際に顔を合わせてみると、疲れていたり、何かに悩んでいたりすることもあります。
連絡を取る手段が増えたことと、人と人との心の距離が近くなったことは、必ずしも同じではないのだと思います。
家族や親戚、近所との関係も変わってきた
家族や親戚との関係も、昔とは少しずつ変わってきました。
以前に比べると、実家に兄弟や親戚が集まる機会が減り、普段のやり取りも少なくなっているように感じます。
冠婚葬祭や年末年始などの特別な機会がなければ、親戚と顔を合わせることがほとんどないという家庭も珍しくないでしょう。
近所とのつながりも同じです。
以前は、近所の人と顔を合わせれば自然に会話をしたり、地域の行事を通じて交流したりする機会がありました。
子どもを地域で見守り、困っている家庭があれば声をかけるような関係も、今より身近だったのかもしれません。
今では、隣にどのような人が住んでいるのか、ほとんど知らないこともあります。
もちろん、昔の人間関係がすべて良かったわけではありません。
人との距離が近いからこその煩わしさや、干渉される息苦しさもあったと思います。
昔の社会をそのまま理想化することはできません。
それでも、家族や親戚、近所の人たちが顔を合わせ、何気ない会話を交わす中で、相手の変化に気づくような、古き良き時代のつながりには、今の社会が失いつつある大切なものがあったのではないでしょうか。
つながる手段が増えても、孤独はなくならない
SNSを使えば、会ったことのない多くの人ともつながることができます。
投稿をすれば反応があり、メッセージを送れば、すぐに返事が届くこともあります。
それでも、心の中にある本当の苦しみを話せる相手がいるとは限りません。
多くの人と画面上でつながっていながら、現実には強い孤独を感じている人もいるのだと思います。
つながる手段が増えたからこそ、
「自分だけが誰とも本当につながれていない」
と感じてしまうこともあるのかもしれません。
『52ヘルツのクジラたち』に登場する、誰にも届かない声。
それは、特別な環境に置かれた人だけが発しているものではないと思います。
私たちの家族や友人、職場の同僚、近所で暮らす人の中にも、誰にも気づかれないまま、小さな声を発している人がいるかもしれません。
だからこそ、便利な連絡手段だけに頼るのではなく、ときには直接会って話すことも大切です。
相手の表情を見ること。
声を聞くこと。
何気ない会話を交わすこと。
特別な用事がなくても、元気にしているか声をかけること。
効率だけを考えれば、必要のない時間に見えるかもしれません。
しかし、そうした一見遠回りに思える時間の中にこそ、相手の小さな変化や、誰にも届いていない心の声に気づくきっかけがあるのだと思います。
成長や成功を追い求める今だからこそ、考えたこと
現在の私は、会社員として働きながら、不動産や株式投資にも取り組み、家族との時間を過ごしながら、自分自身の成長につながる毎日を送っています。
会社員としての仕事。
不動産の運営や勉強。
株式投資。
ブログや情報発信。
そして、家族と過ごす時間。
やりたいことや、やらなければならないことがたくさんあり、毎日は本当にあっという間に過ぎていきます。
もっと成長したい。
少しでも良い結果を残したい。
自分の力でできることを増やしたい。
家族の将来を守れる力を身につけたい。
そんな思いを持ちながら、日々努力を続けています。
成長や成功を追い求めることは、とても大切です。
目標に向かって努力することで、自分の人生を少しずつ良い方向へ変えていくことができます。
私自身、これからも挑戦を止めるつもりはありません。
しかし、この作品を読みながら、自分には心のゆとりがあるつもりでも、実際には目の前のことに追われ、周囲を十分に見られていない部分もあるのではないかと考えました。
次の目標。
次の仕事。
次の記事。
次の投資。
先のことばかりを考えながら走り続けていると、自分のすぐ近くにいる人の小さな変化を見落としてしまうことがあります。
家族と同じ家で暮らしていても、本当に相手の話を聞けているだろうか。
友人や職場の同僚が悩んでいるとき、その変化に気づけるだろうか。
忙しいことを理由に、大切な人からの小さなサインを見逃していないだろうか。
『52ヘルツのクジラたち』は、そんなことを自分自身に問いかけるきっかけを与えてくれました。
誰かを支えるためには、自分にも余裕が必要
誰かの小さな声に気づくためには、自分自身にも心の余裕が必要です。
自分のことで精いっぱいになっていれば、身近な人の変化に気づくことも、相手の話をゆっくり聞くことも難しくなります。
仕事や投資で成果を出すこと。
経済的な力を身につけること。
家族の将来に備えること。
それらは、私にとってこれからも大切な目標です。
しかし、何かを達成することだけが、人生の豊かさではないのだと思います。
自分に最も近い家族の変化に気づくこと。
友人が苦しんでいるときに話を聞くこと。
職場の同僚が無理をしているときに声をかけること。
大切な人が助けを必要としたときに、そばにいること。
そして、必要なときに、精神的にも経済的にも支えられる力を持つこと。
そうしたこともまた、自分が成長するうえで大切にしたい部分です。
もちろん、私は家族や友人を必ず救えるような、完璧な人間ではありません。
相手の苦しみをすべて理解することもできません。
それでも、誰かが発している小さな声を聞き逃さず、理解しようとすることはできます。
すぐに解決策を示せなくても、話を聞くことはできます。
一人で抱えなくてもいいと伝えることはできます。
相手が助けを求めたときに、手を差し伸べられる力を身につけることもできます。
そのためにも、自分自身が余裕を失わないようにすることが大切なのだと思います。
自分が目指したい「本当の成長」
成功や成長だけを追い求めるのではなく、その過程で得た経験や力を、自分のためだけではなく、身近な人を守り、助けるためにも使う。
それが、私の目指したい成長なのかもしれません。
資産を増やすこと。
仕事で結果を残すこと。
新しい知識や経験を積み重ねること。
それらも、もちろん大切です。
しかし、どれだけ多くのものを手に入れても、自分の身近にいる大切な人の声を聞く余裕を失ってしまえば、本当の意味で豊かな人生とはいえないのかもしれません。
反対に、立派なことができなくても、家族や友人が苦しんでいるときに気づき、そばにいられる人は、とても大きな力を持っているのだと思います。
努力によって得た知識や経験、経済的な力を、自分や家族の安心につなげる。
そして、その余裕を、誰かの声に耳を傾けるためにも使う。
そのような生き方ができれば、人生は今よりもさらに豊かなものになるのではないでしょうか。
人生を豊かにするのは、効率だけではない
現代社会では、効率や生産性が重視されています。
短い時間で多くの仕事を終わらせること。
無駄な時間を減らすこと。
便利な道具やサービスを活用すること。
それ自体は悪いことではありません。
私自身も、限られた時間を有効に使うために、さまざまな仕組みやサービスを活用しています。
しかし、人生には効率だけでは測れない時間があります。
家族との何気ない会話。
友人とゆっくり話す時間。
親や兄弟、親戚と顔を合わせる機会。
近所の人と交わす挨拶。
誰かの話を、結論を急がずに聞く時間。
一見すると、何も生み出していないように見えるかもしれません。
それでも、そうした時間が人と人との関係をつくり、誰かの孤独を和らげ、人生を支えてくれることがあります。
成功や効率を追い求めるだけでは、人生は本当の意味では豊かにならない。
人と出会い、誰かに支えられ、自分もまた誰かを支える。
その積み重ねが、人生の豊かさをつくっていくのだと思います。
『52ヘルツのクジラたち』は、誰かの声に耳を傾けることの大切さだけでなく、これからの人生をより豊かに生きるためのヒントを与えてくれました。
『52ヘルツのクジラたち』はこんな人におすすめ
この本は、次のような人におすすめです。
- 人とのつながりを描いた物語を読みたい人
- 家族や親子関係について考えたい人
- 孤独や生きづらさを扱った小説に関心がある人
- 読後に自分の人生や生き方を考えられる作品を探している人
- 苦しさの中にも希望を感じられる物語を読みたい人
- 忙しい毎日の中で、大切なものを見失いそうになっている人
虐待や家族からの搾取など、重いテーマが描かれているため、読む時期や自分の状況によっては、苦しく感じるかもしれません。
決して気軽に読める内容ではありません。
それでも物語の中には、人との出会いによって人生が少しずつ動き始める姿と、人間が持つ再生する力が描かれています。
読み終えたあと、自分の身近にいる人の言葉や表情を、今までより少し丁寧に受け止めたくなる作品です。
まとめ|誰かの小さな声に気づける人でありたい
『52ヘルツのクジラたち』は、孤独を抱えた女性と少年の出会いを通して、人と人とのつながりが持つ力を描いた物語です。
誰か一人と出会っただけで、人生の問題がすべて解決するわけではありません。
過去の傷が消えるわけでもありません。
それでも、自分の声を聞こうとしてくれる人との出会いは、止まっていた人生をもう一度動かすきっかけになります。
そして、自分が誰かから受け取った優しさを、今度は別の誰かに渡すこともできます。
インターネットやSNSによって、誰とでも簡単につながれるようになった今。
私たちは本当の意味で、身近な人とつながることができているでしょうか。
家族や友人、職場の同僚が発している小さな声を、聞くことができているでしょうか。
私自身、会社員として働きながら、不動産や株式投資、情報発信などに取り組み、成長や成功を目指して毎日を過ごしています。
その努力は、これからも続けていきたいと思っています。
しかし、目標に向かって走るだけではなく、ときには立ち止まり、自分の心に余裕があるかを確かめることも忘れたくありません。
自分に最も近い家族を守ること。
友人が困っているときに話を聞くこと。
誰かが助けを必要としたとき、その小さな声に気づくこと。
そして、自分が身につけた経験や力を、大切な人を支えるためにも使うこと。
それが、私の目指したい成長です。
もしかすると、私たちのすぐ近くにも、誰にも聞こえないと思いながら、52ヘルツの声を上げている人がいるのかもしれません。
そのすべてを救うことはできなくても、声を聞こうとする人にはなれます。
誰かの小さな変化に気づき、理解しようとし、必要なときには手を差し伸べる。
そんな人間でありたい。
『52ヘルツのクジラたち』は、人とのつながりの大切さと、自分がこれからどのように生きていきたいのかを改めて考えさせてくれました。
私にとって、人生をより豊かにするための大切なヒントを与えてくれた、心に残る一冊です。

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