【岩手・中尊寺】約20年ぶりに家族で訪れて見えた景色|国宝・金色堂と子どもたちの成長

体験記

先日、家族4人で岩手県平泉町の中尊寺へ行ってきました。

私自身、中尊寺を訪れるのは初めてではありません。

若い頃には何度か訪れた記憶がありますが、直近で来たのはもう約20年前。

久しぶりに歩いた中尊寺は、記憶の中にある場所と同じはずなのに、不思議なくらい見える景色が違っていました。

中尊寺が変わったのか。

それとも、変わったのは自分なのか。

今回は国宝・金色堂を見ることはもちろん、子どもたちにも歴史や国宝などの「本物」に触れる機会を持ってほしい。

そして受験を控える娘のこと、家族みんなの健康のこと。

いろいろな思いを持ちながら、家族でゆっくり境内を歩いてきました。

約20年前とは、見える景色がまったく違った

若い頃の私は、お寺や神社を訪れても、

「歩く」

「手を合わせる」

「願い事をする」

「よし、お参りした」

今振り返ると、そんな感覚だったような気がします。

もちろん当時もそれなりに楽しんでいたと思います。

でも、その建物がなぜそこにあるのか。

どんな歴史を経て、今まで残ってきたのか。

周囲の景色や、その土地の背景までゆっくり考えることはほとんどありませんでした。

今回、約20年ぶりに中尊寺を歩いてみると、自分でも驚くほど違いました。

木々を眺めて足を止める。

案内板があれば立ち止まって読む。

建物を見ながら、その背景にある歴史にも興味が湧く。

昔なら何気なく通り過ぎていたであろう景色を、今回はゆっくり眺めていました。

年齢を重ねたからなのか。

これまで仕事をして、家庭を持って、子どもが生まれ、いろいろな経験をしてきたからなのか。

自分でもよく分かりません。

ただ、同じ場所を歩いているはずなのに、約20年前とは明らかに見えているものが違いました。

20年前との一番大きな違いは、隣に家族がいること

そして何より、20年前とは決定的に違うことがあります。

今回は妻と子どもたちが一緒です。

若い頃にこの場所を歩いていた自分には、約20年後に妻と二人の子どもと一緒に中尊寺を歩いている姿など想像もできなかったと思います。

今回、中尊寺を訪れた理由の一つは、子どもたちにも国宝や歴史に実際に触れてほしかったからです。

教科書で見る。

テレビで見る。

YouTubeやインターネットで調べる。

今はいろいろな方法で知識を得ることができます。

でも、実際にその場所へ行き、自分の目で見て、空気を感じる経験は少し違うと思っています。

子どもたちが将来どんな道に進むのかは分かりません。

今回見たものを何年後まで覚えているかも分かりません。

それでも、

「小さい頃、家族で中尊寺に行ったな」

そんな記憶がいつかふと蘇ってくれたら、それで十分です。

撮影禁止の讃衡蔵で見た、子どもたちの姿

今回、私が特に印象に残った場所の一つが讃衡蔵でした。

館内は撮影禁止。

そのため写真として残すことはできませんでした。

でも、不思議なもので、写真に残せなかったこの場所での出来事が、今回一番と言っていいほど記憶に残っています。

歴史にまつわる展示品や説明を前に、子どもたちが真剣に見ていました。

無言で説明を読む。

展示品をじっと見つめる。

「早く行こうよ」

とも言わず、それぞれが自分なりに展示に向き合っていました。

その後ろ姿を見ながら、私はふと思いました。

記念撮影スポット
記念撮影スポット

自分がこの子たちくらいの年齢だった頃、こんなに歴史に興味を持っていただろうか。

おそらく、私はあまり興味がなかったはずです。

説明をじっくり読むより、早く次へ行きたがっていたかもしれません。

子どもたちに何かを学ばせようと思って連れてきたわけではありません。

でも、誰に言われるでもなく自分たちから展示を見て、読んで、考えている。

その姿に、子どもたちの成長を感じました。

「中尊寺まで連れてきてよかったな」

素直にそう思えた瞬間でした。

改めて見る国宝・金色堂

そして、中尊寺といえばやはり金色堂。

私自身は約20年前にも見ているはずです。

それでも今回改めて目にすると、昔とは感じ方がまったく違いました。

若い頃なら、

「金色ですごいな」

そんな感想で終わっていたかもしれません。

でも今は、これだけのものが長い年月を超えて現在まで残っていること、その背景にある歴史まで自然と考えるようになっていました。

そして今回は、自分が見るだけではありません。

隣には子どもたちがいます。

国宝を写真や映像ではなく、実際に自分の目で見る。

その機会を子どもたちに作ることができたのも、今回来てよかったと思った理由の一つです。

30度を超える暑さの中、約3時間かけて境内を巡る

この日は30度を超える暑さ。

中尊寺の境内を歩いていると、当然ながら汗もどんどん出てきます。

さすがに家族4人、ずっと歩き続けるのは大変です。

途中で休憩所に入り、冷たい飲み物を飲みながら一休み。

神社エール
神社エール

少し元気を取り戻して、また歩き始めました。

今回は有名なところだけ見て帰るのではなく、せっかく来たのだからと、境内のお堂やお社を一つひとつ巡りました。

気がつけば、約3時間。

若い頃の自分なら、こんなに時間をかけて回ったでしょうか。

おそらく、

「金色堂を見た」

「お参りした」

「はいOK、次へ行こう」

となっていた気がします。

今回は暑い中でも、急いで終わらせたいという気持ちはありませんでした。

休憩しながら、景色を眺めながら、家族で歩く。

そんな時間そのものを楽しめるようになったことも、20年前とは違うところなのかもしれません。

「5円玉がない」から始まった、いいご縁の11円

境内には、お参りする場所がたくさんあります。

子どもたちもそのたびに、自分たちのお金からお賽銭を出して手を合わせていました。

ところが何か所も巡っているうちに、持っていた5円玉が足りなくなってきました。

そこで娘がスマホを取り出し、お賽銭について調べ始めました。

そして、

「5円じゃなくてもいいみたいだよ。気持ちが大事だから、“いいご縁”で11円でもいいんじゃない?」

と、息子や私たち家族に教えてくれました。

なるほど。

11円で「いいご縁」。

私も娘にならって、その後のお参りでは11円をお賽銭に入れました。

今回は子どもたちにいろいろな経験をしてもらいたいと思って中尊寺へ来ました。

でも、こうして逆に子どもから教えてもらうこともあります。

親が一方的に何かを教えるだけではない。

一緒に経験して、一緒に調べて、時には子どもに教えてもらう。

そんな家族のやり取りも、今回の中尊寺の大切な思い出になりました。

子どもたちは何をお願いしたのだろう

子どもたちは、自分のお金からお賽銭を出し、それぞれのお堂で静かに手を合わせていました。

何をお願いしているのだろう。

親としては少し気になります。

でも、私はあえて聞きませんでした。

娘には娘の願いがある。

息子には息子の願いがある。

親には言わなくてもいい願いだってあるでしょう。

これから成長するにつれて、親の知らない考えや悩みもどんどん増えていくと思います。

それでいいのだと思います。

自分で考えて、自分のお金からお賽銭を出し、自分の願いを持って手を合わせる。

そんな姿を見ることができただけで十分でした。

私の願いは、とてもシンプルだった

私自身も、境内を巡りながら何度も手を合わせました。

娘は受験を控えています。

努力している分、本人が納得できる結果につながってほしい。

そんな思いもあります。

でも、最終的に私が願ったことはとてもシンプルでした。

家族みんなが健康で、楽しく、幸せに暮らしてくれればいい。

結局、それ以上のことはありません。

仕事。

お金。

投資。

これから挑戦したいこと。

私自身にも、欲しいものや実現したいことはいろいろあります。

普段の生活では、どうしてもそういうことを考える時間が多くなります。

でも、こういう場所で静かに手を合わせると、自分にとって本当に大事なものが何なのか、少しだけ分かるような気がします。

家族が健康でいること。

家族が笑っていること。

子どもたちが自分の人生を楽しんでくれること。

結局、そこに戻ってきます。

金色堂と弁慶堂の御朱印もいただきました

今回の中尊寺では、御朱印もいただきました。

金色堂の御朱印。

そして弁慶堂の御朱印。

御朱印をいただくようになってから、参拝した場所の記憶を形として残せるのも楽しみの一つになっています。

今回の御朱印を見返したときには、きっといろいろなことを思い出すでしょう。

30度を超える暑さ。

家族で約3時間歩いたこと。

休憩所で一息ついたこと。

讃衡蔵で子どもたちが無言で展示を見つめていたこと。

5円玉が足りなくなって、娘が「いいご縁の11円」を教えてくれたこと。

そして、子どもたちが静かに手を合わせていた後ろ姿。

写真は今回たくさん撮りました。

でも、こうして振り返ってみると、意外にも一番記憶に残っているのは、写真に写っていない場面なのかもしれません。

いつか「お父さんの子どもに生まれてよかった」と思ってくれたら

親として何が正解なのか。

今でも分かりません。

良かれと思ってしていることが、子どもたちにとって本当に良いことなのか。

それも分かりません。

それでも私は、できる限り家族でいろいろな場所へ行きたいと思っています。

見たことのない景色を見る。

本物に触れる。

歴史を知る。

おいしいものを食べる。

一緒に笑う。

時には暑かったり、疲れたり、予定通りにいかなかったりする。

そんなことも含めて、一緒に経験していきたい。

一つ一つは小さな出来事でも、それが積み重なって、いつか子どもたちの中に家族との思い出として残ってくれればいいと思っています。

そして何年、何十年か経ったとき。

子どもたちが自分の子ども時代を振り返って、

「この家族でよかった」

そして、

「お父さんの子どもに生まれてよかった」

そう思ってもらえたなら。

私にとって、それ以上のことはありません。

約20年ぶりに訪れた中尊寺。

場所は昔と同じです。

でも、目に入ってくるものも、立ち止まる場所も、そこで願うことも、20年前とはまったく違っていました。

中尊寺の景色が変わったわけではありません。

変わったのは、きっと景色を見る自分の方なのでしょう。

20年前には若かった自分が歩いた場所を、今は妻と子どもたちと歩いている。

そのこと自体が、今回の中尊寺で私が一番感じた「20年という時間」だったのかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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